第89回日本アマチュアゴルフ選手権
《決勝戦・観戦記》

ティーンエージャー・マッチ 
 


 龍ヶ崎カントリー倶楽部のティイング・グラウンドに、およそ
似つかわしくない二人の少年がいた。街中で見かけても、日本ア
マの覇を競う二人とは、誰も信じないだろう。その童顔は、勝負
の世界とは程遠かった。
 李東桓(イ ドンファン)、17歳。韓国のトップ・アマ。2
003年度韓国ジュニア、同アマチュア選手権優勝という戦歴も、
穏やかな表情から想像できなかった。
 伊藤涼太、14歳。“神童”とはやされて久しかった。200
3年、中部アマ2位。岐阜県オープン、アマの部2位。そのほか、
数々のプロトーナメントに出場してきた中学2年生。
 ゴルフの常識を変えた少年二人の、闘いが始まろうとしていた。



 7月10日、猛暑がつづいていた。第89回日本アマチュアゴ
ルフ選手権決勝。
 普通なら《マッチプレー36ホールズの死闘》と書くところだ
ろう。だが、二人のあどけない顔がそれを許さなかった。汗をぬ
ぐうギャラリーはいても、二人の額から汗が滴り落ちることはな
かった。余分な水分が滞留しないのも、若さの特権なのか。涼し
げな二人に、死闘という言葉は似合わない。
 ナイス・ショットの歓声もためらわれる静寂なスタート。
 李東桓は落ち着き払っていた。前半の4番、伊藤涼太がイーグ
ルを決めても、何事もなかったように次のホールに向かっていた。
取られても、次で取り返せるという、どこか自信めいたものが漂
っていた。その冷静さに、敵を畏怖させるものがあった。
 事実、並ばれれば次のホールで必ずアップしてきた。午前の1
8ホールズ、李の4アップ。ふっと気がついたらリードしていた、
という風な感じだった。

 午後のスタート前、伊藤涼太のキャディ末永と目が合った。氷
を詰めたビニール袋で、半ズボンから出ているふくらはぎを、し
きりに冷やしていた。残り18ホールズを闘う準備だった。
「勝たせたいですね」
 思わず声を掛けた。 
「はい、大丈夫です。相手は4アンダーで回ったと思えばいい。
涼太は涼太のゴルフをやっていますから。5つくらい先に行かれ
ても……(何とかなる)」
 彼は、自分に言い聞かせるように呟いた。
 プレーヤーより、彼の悲壮感が強くなるのは致し方なかった。
日本中のゴルファーが注目する14歳プレーヤーに、予選ラウン
ドから同伴してきた末永。本人以上に、勝ちたいという気持ちが
一挙手一投足に見えた。
 後半のティイング・グラウンド、龍ヶ崎特有の風が吹き始めて
いた。涼太の飛距離では明らかにハンディになる強い風だった。
 わずか3歳の違い、と言っても成長期の体力は李が凌いでいた。
連日の猛暑に耐え、すでに前日まで6ラウンドをこなしてきた体
力は、やや高校生に分があっただろう。
 李のショットは、アマチュア離れしていた。19ホール目の1番。
 スプーンの李、ドライバーの涼太、二人ともアゲンストに煽ら
れて右手前のバンカー。二個のボールがアゴ近くに並んだ。残り
175ヤード。
 先に打った李のボールが、一瞬消えた。アゴなど無視したよう
な高いボールだったのだろう。視界にとどめようがなかった。
 振り向けばピン横1メートル。涼太の顔が、一瞬ひるんだよう
に見えた。右にふかして、再びバンカー。涼太は遠く3オンする
と、李のボールにOKを出した。5ダウン。
 李は2番で落としても、再び4番で取り戻し、動じない。淡々
とホールを進める二人に、やはり、死闘という言葉は当たらない。



 涼太に、チャンスが訪れようとしていた。7番、9番、11番
とバーディー。特に、11番。李は2オンしたが、涼太はグリー
ン右にはずした。が、やや強めのランニング・アプローチがカッ
プをとらえた。チップイン・バーディー。歓声が期待とともにふ
くらんだ。
 2ダウンまで攻め寄った13番、ロングホール。涼太のドライ
バーはセンターをとらえた。フォローの風が有利に見えた。しか
し、李はスプーンで涼太のボールを置いていった。涼太の第2打、
フェアウェイ・ウッド。左ガードバンカーが口をあけていた。
 李のボールは二の谷手前、第2打、ミドルアイアンでグリーン
をとらえた。李、難なくバーディー。
 バンカーからピン左下3メートルに寄せた涼太は、はずせない
パットだった。ピンの後ろに回って、跪いてラインを読んだ。勝
負どころだった。が、無情にもカップをなめた。再び、3ダウン。
「13番が取れていたら……」
 ギャラリーが唸った。涼太が15番を奪取して、再び2ダウン
とした後の言葉だった。13番を分けていれば……。15番で1
ダウンに迫っていたはずだった。差1つにもつれ込めば、という
思いだったに違いない。日本の14歳の少年に声援が多いのは、
当然と言えば言えた。
 16番、ドーミー・ホール。先に打った涼太はグリーン横ラフ。
李に余裕が生まれたのか、会心のショット。216ヤード、4ア
イアンの球は、高い弾道を描いてピン横1.5メートルに付いていた。
 涼太は、寄らず入らず。それでも、OKは出さない。バーディ
ーの締めならあきらめがつく、と思ったか。たとえツーパットで
も、敵の最後のパットを脳裏に刻みたかったのか。
 慎重にラインを読んだ李のパットは、吸い込まれるようにカッ
プに消えた。16番、RCCのメンバーの誰もが悩む横からのラ
イン。スライスの、見事な読みだった。
 李の顔が、はじめて崩れた。常に冷静だった表情が満面の笑み
に変わった。笑顔が、あどけなさを際立たせた。
 一度たりとも、リードを許さなかった李に、14歳の少年は悪
びれもせず握手を求めた。
「二人に拍手を送ってやってください!」
 JGAの関根競技委員が叫んだ。
 炎天下の5日間、142ホールズ(7ラウンドと16ホールズ)
の二人の闘いは、終わった。
優勝の李東桓(韓国)と
2位の伊藤涼太(中日カントリークラブ)
李東桓の1番ホールティーショット
伊藤涼太の1番ホールティーショット
李東桓と斉藤洋介
   (鹿島カントリー倶楽部)
伊藤涼太と佐藤達也
    (泉国際ゴルフ倶楽部)
メダリストの山本隆允
     (東北福祉大学)
山本隆允と大倉清
    (大博多カントリー倶楽部)
平成16年7月6日〜10日